親が施設に入った。誰も住まなくなった実家が、そのままになっている。
売るのか、貸すのか、置いておくのか。きょうだいで話しても結論が出ず、「まあ、そのうち」で1年が過ぎる。
この記事で最初に伝えたいのは、選択肢の比較ではありません。実家の問題は「選ぶ」問題ではなく、「締め切りに間に合うか」の問題だということです。
リハウルフ- 親の判断能力 実家は親の家です。親が認知症になると、家族でも売れなくなります。期限は誰にも分かりません。
- 税金の「3年ルール」 親が住まなくなってから3年を経過する日の属する年の12月31日までに売れば、3,000万円の特別控除が使えます。過ぎると、消えます。
「空き家のまま置いておく」は、選択肢ではなく、この2つの締め切りを消費し続ける行為です。
先に断っておきます。税と不動産の最終判断は、必ず税理士・司法書士にしてください。この記事は「何を知らずに損をするか」を示すためのものです。
締め切り①|親名義の家は、親にしか売れない
まず、ここが出発点です。実家の名義は、ほぼ親のはずです。名義人本人にしか、売る意思決定はできません。子どもが「親のためだから」と勝手に売ることはできない。
親に判断能力がある間は、簡単です。親が売ると決めれば売れる。委任状で子どもが手続きを代行することもできます。
問題は、認知症が進んだ後です。
| 意思能力がないと契約は無効 | 本人が売買の意味を理解できない状態では、売買契約そのものが成立しません。司法書士が本人確認で止めます。 |
|---|---|
| 成年後見人が必要になる | 家庭裁判所に申立て。子どもが選ばれるとは限りません(専門職後見人になると、月2〜6万円程度の報酬が本人の財産から続きます)。 |
| 居住用不動産は家裁の許可が要る | 後見人がついても、自宅の売却には家庭裁判所の許可が必要です。「施設費用のため」など、本人の利益になる理由が要る。 「相続対策で売りたい」は通りません。 |
| 後見はやめられない | 一度始めると、原則として本人が亡くなるまで続きます。売却のためだけに使う、という制度ではありません。 |



だから、親がまだ話せるうちに聞いておいてください。「この家、どうしたい?」と。売る・貸す・残す、どれを選ぶにしても、本人の意思が確認できている状態と、そうでない状態では、後の難易度が桁違いです。
「まだ元気だから」と先延ばしにした結果、聞けなくなった——このパターンが、いちばん多い。元気なうちにしか、聞けません。
そして、意思を確認できたなら、それを形にしておく方法があります。家族信託を使えば、親が元気なうちに「実家の管理・売却を子に任せる」と決めておける。認知症になった後でも、家庭裁判所を通さずに売却できるようにしておく仕組みです。合うかどうかは家庭ごとに違うので、まず相談だけしてみてください。
締め切り②|3年を過ぎると、3,000万円が消える
ここが、旧来の「実家をどうする」議論でいちばん抜け落ちるところです。先送りには、金額のはっきりした値札がついています。
親が生きているうちに売る場合
親が自宅を売って利益(譲渡所得)が出ても、3,000万円までは税金がかかりません。
ただし期限があります。住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること。
例:2026年5月に施設入居 → 3年後は2029年5月 → 2029年12月31日が期限。
「そのうち考えよう」で3年は、あっという間です。そして期限を過ぎた瞬間、この控除は戻ってきません。売却益が出る家なら、数百万円単位の差になります。
親が亡くなった後に売る場合は、別の制度
「相続してから売れば同じでしょ」——違います。まったく別の制度で、要件がずっと厳しい。
| 被相続人の居住用財産(空き家)の3,000万円特別控除(国税庁 No.3306) | |
|---|---|
| 建築時期 | 昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること それより新しい実家は、そもそも対象外です |
| 売却代金 | 1億円以下 |
| 用途の制限 | 相続時から売却時まで、事業・賃貸・居住に使っていないこと |
| 期限 | 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日まで かつ、制度自体が令和9年12月31日まで |
| 相続人が3人以上 | 令和6年1月1日以後の譲渡は2,000万円に減額 |
| 老人ホーム入所の場合 | 要介護認定等を受けて老人ホーム等に入所していた場合も、一定の要件を満たせば対象になりえます |
実家を賃貸に出すと、この3,000万円控除は使えなくなります。
「空いてるなら貸せば?」という何気ない判断が、数百万円の控除を消すことがあります。家賃収入と、失う控除。どちらが大きいかを計算せずに貸してはいけません。
ここは要件が細かく、耐震改修や除却の扱いなど例外も多い領域です。金額が大きいので、必ず税理士に確認してください。数十万円の相談料をケチって、数百万円を失う領域です。



3つの選択肢を、正確に比べる
| 選択肢 | 向いている場合 | 言われない代償 |
|---|---|---|
| 売る | 施設費用が要る 相続人が複数 誰も戻らない | 戻れない。 親が「まだ家がある」と思っている場合、伝え方を間違えると本人が崩れます。 |
| 貸す | 立地に賃貸需要がある 将来戻る可能性がある 手元資金に余裕がある | 相続空き家の3,000万円控除が消える。 家賃は親の所得になり、介護保険の負担割合が上がることがある。 初期リフォームで数百万、管理手数料5〜10%、空室リスク。 |
| 置く | 「まだ決められない」ときの、期限付き猶予 | 固定資産税・保険・光熱費・管理の手間が続く。 勧告を受けると住宅用地特例が外れる。 そして2つの締め切りが減り続ける。 |
「貸す」の見落とされがちな副作用
親名義のまま貸すと、家賃収入は親の不動産所得になります。ここが介護と直結します。
介護保険の自己負担割合(1〜3割)や高額介護サービス費の上限は、本人の所得で決まります。家賃収入で所得が増えると、介護費用の自己負担が上がる可能性があります。月10万円の家賃が入っても、介護の負担が上がれば手取りは思ったほど残りません。
金額次第なので一概には言えませんが、「家賃収入」だけを見て判断すると、後で計算が合わなくなります。
「税金6倍」の正確な話
空き家の記事には必ず「特定空き家に指定されると固定資産税が6倍」と書いてあります。正しくは、こうです。
| 何が起きているのか | 住宅が建つ土地には住宅用地特例があり、小規模住宅用地(200㎡以下の部分)は課税標準が1/6になっています。これが外れると、元に戻る。「6倍になる」のではなく「1/6の優遇が消える」という話です。 |
|---|---|
| いつ外れるのか | 指定された時点ではありません。「勧告」を受けた時点で外れます。 助言・指導の段階なら、まだ間に合います。放置しなければ、そこで止まる。 |
| 2023年12月の改正 | 「特定空家」だけの話ではなくなりました。 放置すれば特定空家になるおそれがある「管理不全空家等」も、勧告を受ければ特例解除の対象に。 ハードルが、明確に下がっています。 |
2023年12月13日施行の改正空家等対策特別措置法による。
※税額が単純に6倍になるとは限りません(負担調整措置等があるため)。正確な額は市区町村の資産税課へ。
つまり、普通に管理していれば、すぐ増税されるわけではありません。草を刈り、換気し、郵便物を溜めない。怖いのは税金より、「誰も見に行かなくなること」です。
遠方だと、これが続きません。月1回の帰省が、半年に1回になり、いつしか行かなくなる。そして近隣から苦情が来て、初めて動く。空き家管理サービス(月5,000〜1万円程度が目安)を使うのも現実的な選択です。



決める順番
「売るか貸すか」から考えるから、決まらないのです。順番を変えてください。
- 親の意思を確認する(最優先・期限あり) 話せるうちに。ここを飛ばすと、後で全部が難しくなります。
- 「いつまでに売れば控除が使えるか」を確定させる 親が住まなくなった日を特定する。そこから3年。カレンダーに入れてください。
- 査定を取る(3社以上) 売らなくても取る。金額が分からないまま、きょうだいで話しても決まりません。数字が出た瞬間に議論が進みます。
- 親の介護費用の見通しと突き合わせる 施設費用が足りるなら急がなくていい。足りないなら、実家は資金源です。
- その上で、売る・貸す・置くを決める ここまで来れば、たいてい答えは出ています。
きょうだいでの話し合いは、感情の問題に見えて、実は情報がないから揉めます。査定額、控除の期限、親の意思。この3つが揃うと、驚くほど話が早い。
売ると決めた後に、忘れられること
手続きの話ではありません。親のことです。
施設にいる親にとって、実家は「帰る場所」です。たとえ二度と帰れなくても、「家がある」と思えていることが、その人を支えていることがあります。
売却を伝えた後、目に見えて元気がなくなる方を、何人も見てきました。だから「黙って売る」家族もいます。それを責めるつもりはありません。ただ、後で知った時のショックは、もっと大きい。



それと、写真だけは撮っておいてください。家財を片付ける前に、部屋ごとに。売った後、親が「あの家、どうなった?」と聞くことがあります。写真があると、その会話が全然違うものになります。



よくある質問
- 生前に子の名義へ変更しておけばよいのでは?
- 安易にやると損します。生前贈与は贈与税が重く、3,000万円の特別控除も使えなくなることがあります(子は住んでいないため)。相続で取得したほうが有利なケースが多い。必ず税理士に相談してください。
- 空き家でも火災保険は必要ですか?
- 必要です。ただし空き家は「住宅物件」ではなく一般物件扱いになり、保険料が上がる・引き受けを断られることがあります。誰も住まなくなったら、保険会社に必ず通知を。黙っていると、いざという時に支払われないことがあります。
- 遺品整理はいつやればいいですか?
- 売却前に必要ですが、親が生きているなら「遺品」ではありません。「これは残す、これは処分していい」を本人に聞きながら進められるのは、今だけです。
- 相続放棄すれば、管理しなくてよくなりますか?
- 単純にはそうなりません。相続放棄をしても、次の管理者が決まるまで一定の管理義務が残る場合があります。「放棄すれば終わり」とは考えないでください。
まとめ
- 親が元気なうちに意思を聞く 認知症が進むと、家族でも売れません。
- 「住まなくなった日」から3年をカレンダーに入れる 3,000万円控除の期限。過ぎたら戻りません。
- 貸す前に、税理士に聞く 賃貸に出すと、相続空き家の3,000万円控除が消えます。
- 家賃は親の所得。介護の負担割合に響く 収入だけ見て判断しない。
- 増税は「勧告」から。管理不全空家も対象になった 普通に管理していれば、すぐには起きません。
- 迷っているなら、まず査定を3社 数字が出ると、話が動きます。
今日やることは、一つで十分です。親が実家を出た日が、いつだったか調べてください。そこから、あなたの締め切りが決まります。
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売却した年の申告で、他に取り戻せるお金がないか確認を。
参考にした情報(公的機関)
- 国税庁|No.3302 マイホームを売ったときの特例
- 国税庁|No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例
- 国土交通省|固定資産税等の住宅用地特例に係る空き家対策上の措置(PDF)
本記事は一般的な情報提供を目的としており、税務・法務上の助言ではありません。特例の適用可否は個別事情で変わり、要件も細かく定められています。実際の判断は必ず税理士・司法書士・弁護士等の専門家にご相談ください。
※本記事の制度に関する内容は、2026年7月時点の情報にもとづいています。









